授乳の抱き方

当院に来院されるほとんどのママたちは、母乳育児を望んでいるけれども思うようにいかないという事でいらっしゃいます。

母乳の出が悪い、赤ちゃんがおっぱいに吸いつけない、おっぱいの先が痛い、シコリが出来て痛いなどのご相談が多いです。

母乳育児がうまくいかない最も多い原因の一つが「授乳時の赤ちゃんの抱き方」です。
「授乳時の赤ちゃんの抱き方」は、おっぱいトラブル・分泌不足などと密接な関係があります。

数年前から、当院に来られるママたちの授乳の時の抱き方は、ご自分のお腹と赤ちゃんのお腹を密着させてらっしゃる方が多いです。

多いというよりほとんどの方がそのように授乳しておられます。
「赤ちゃんの身体を自分の身体にベルトみたいに巻きつけるようにして抱いています。」という方もいらっしゃってびっくりします。

「赤ちゃんに母乳をたくさん飲ませたい」「しっかり吸わせたい」という思いでそのように授乳しておられるのだと思います。

けれども、当院に来院される方々の乳房の状態、赤ちゃんの飲む様子を拝見していると、ママのお腹と赤ちゃんのお腹は密着させすぎない方が良いのではないかと思います。

●おっぱいをたくさん飲めないことがあります

「お腹とお腹を密着させて授乳する」と、赤ちゃんの顔はうつむきがちになります。
うつむいてしまうと、口を大きく開ける事が出来ません。大きい口を開けられないので、ママの乳首を深くくわえることが出来なくなります。そのため、乳首の先の方を吸ってしまいます。
(私たち大人も上を向いた方が口を大きく開けられますし、飲み物を飲む時もちょっと上を向いて飲みますね。うつむくと飲みにくいです。)

乳首の先は吸っても母乳はあまり出ません。母乳が出る所は乳首の先よりももう少し奥の方にあります。
赤ちゃんはあまり出ない乳首の先を吸うので、お腹がいっぱいにならないため頻回に欲しがって泣くことが多くなり、ママも睡眠不足になって疲れがたまっていきます。

●呼吸がしにくいことがあります

赤ちゃんの鼻の穴がママの乳房にくっついてしまうため、呼吸しにくくなります。
(赤ちゃんの鼻が乳房にくっつかないように指で乳房を押さえて空気が入る隙間を作ってあげているママも多いですが、ずっと指で押さえているのはけっこう大変です。)
 「赤ちゃんが乳首を嫌がり、のけぞって飲みません」という相談は多いのですが、赤ちゃんが呼吸しやすいように抱き方をちょっと変えるだけで、嫌がらずに飲めるようになる事はよくあります。

●おっぱいトラブルとの関係

赤ちゃんは大きな口を開けにくいので乳首の先を吸いがちです。
そのため乳頭の先に負担がかかって、乳首の亀裂や白斑が出来ることがあります。
乳首の亀裂や白斑はとても痛いです。
痛いだけではなく、このような状態が続くと、おっぱいが出る穴(排乳口)が傷んで狭くなり詰まりやすくなります。
完全に詰まってしまうと母乳がスムースに出なくなるため、乳房内に母乳がたまって張って痛くなったり、部分的に固まってシコリのような状態になることもあります。
また、それだけではなく、赤ちゃんの顔がうつむくために、

赤ちゃんの上の歯茎がお母さんの「乳首の上の付け根」に当たる事があります。

赤ちゃんといえども歯茎は硬いです。硬い歯茎が当たった状態で赤ちゃんに吸われると「乳首がはさまれている」「噛まれている」ような感じがしてとても痛いです。

赤ちゃんがママの乳首をくわえているイラスト。歯茎が当たっている。

このような状態が長期間続くと、乳首の上の付け根に亀裂が出来て出血することもあります。この状態を「乳頸亀裂」と言います。もちろんとても痛いです。

授乳のたびに痛みにさいなまれる事は、母乳育児を望んでいるママたちの心を折ってしまうこともあります。
「授乳する度にものすごく痛くて辛いです。」
「赤ちゃんがお腹を空かせて泣いている口を見ると恐怖を感じます。」というママたちは多いです。

以前いらっしゃったママは痛みに耐えるために、ご自分の太ももを指で思いきりつねりながら授乳しておられました。「つねっていると乳首の痛みがまぎれるんです。」と。
その方の太ももには青あざが出来ていました。

耐えがたい痛みが続くため「母乳育児は諦めてミルクにしたいので母乳を止めてください。」と来院される方もいらっしゃいます。

●肩、背中、腕がしんどい

授乳の間中、赤ちゃんのお腹を自分のお腹に密着するには、それなりの力を要しますし、かなり前かがみな姿勢になりがちです。

●ママと赤ちゃんの視線が合いにくい

お腹とお腹を密着させて抱っこすると、赤ちゃんの顔はお母さんの腕の向こう側を向いてしまいます。そのためお母さんと赤ちゃんとは視線が合いにくくなります。

生まれたての赤ちゃんは授乳中目を閉じている事が多いですが、日が経つにつれて眼を開けて飲むようになってきます。

赤ちゃんがおっぱいを飲みながら目を開けた時、「お母さんがいない、、、。」「誰もいない、、、。」って。寂しくないですか? 見えるのは、お母さんの腕やお母さんの服、あるいはお母さんの腕越しに見えるお部屋の様子。。。

お腹の中では、お母さんの心臓の音、お母さんが話したり歩いたりした時の振動、お母さんの息づかいを感じていたのに。
お母さんに抱っこされておっぱいを飲んでいるはずなのに、赤ちゃんの視線の先には、お母さんはいないんです。

ママたちも授乳の時は赤ちゃんと視線が合うものだと周囲の人たちから聞いているので、何とか目を合わそうとしてらっしゃいます。けれども、どうしても目が合わないし、そのうちに手持ち無沙汰なのでついついスマホを見てしまうという方も多いのではないでしょうか?

でも、赤ちゃんがご自分の目をじっと見つめながらおっぱいを飲んでいたら、可愛くてスマホを触る気にならないんじゃないかな?と思います。

また、可愛いだけではなくて、おっぱいを飲みながら赤ちゃんがお母さんの顔、表情を見る事はとても意味があります。

黒川氏は、「授乳中、赤ちゃんの口角周辺の筋肉は、三次元的に微細に動いている。
このため、お母さんの表情筋を読み取って、自分の表情筋に伝えやすいのである。ミラーニューロンが最も有効に使われる時間と言っても過言ではない。
その授乳中、お母さんが赤ちゃんに意識を集中し、目を合わせたり、微笑んだり、話しかけたりすることが、ことばとコミュニケーションの認識フレームを作り出す。共感力の要になるのである。」※1
と述べています

赤ちゃんはママの表情の動きを鏡のように写し取って言葉を獲得するだけでなく、共感力も育んでゆくのですね。
授乳の時間は、赤ちゃんにとってもママにとっても期間限定の貴重なひとときです。お互いの目を見つめながら授乳出来たらとても幸せな気持ちになれるでしょう。

●どのように抱っこしたら良いのか?

乳房が大きめなママの場合

下のイラストのように、赤ちゃんの背中、お尻をママの膝(あるいは授乳クッション)の上において、赤ちゃんの顔をママが見えるように仰向けます。ママを見上げる感じです。

(注)写真は左手で赤ちゃんの頭と首、背中を支えていますが、クッションなしで写真のように抱くと首に負担がかかります。このように抱く時は赤ちゃんの頭と身体をクッションに乗せるようにしましょう。

このように抱っこすると赤ちゃんは口を大きく開ける事が出来ます。
赤ちゃんの鼻が乳房にくっつくこともないので楽に呼吸しながら母乳を飲めます。もちろん赤ちゃんの歯茎がママの乳首の付け根に当たらないので痛くありません。
また、赤ちゃんが生まれて間もない頃は、上の写真のようにママの手で乳房を少し持ち上げてあげると、赤ちゃんの口に乳房の重みがかからないので疲れにくく、下アゴも動かしやすくなります。

赤ちゃんがママの乳首をくわえているイラスト。歯茎は当たっていない。

乳房が小さめなママの場合

乳房が小さめなママがこのように抱くと乳首の位置が遠いため、赤ちゃんの首は乳首の方にねじる形になり首に負担がかかります。
そこで、赤ちゃんの全身ををママのお腹の方へやや傾けるようにして抱きます。

●乳首を赤ちゃんの口に入れる時のコツ

赤ちゃんの口より上に乳首をもってくる

乳房を手で下から支えて、乳首を赤ちゃんの口より上にします。
どうしてかと言うと、例えば「パン食い競争」でパンをくわえる時、自分の口より上にあるパンと下にあるパンではどちらがくわえやすいでしょうか?大きな口を開けられるので上にあるパンがくわえやすいですね。
(最近はパン食い競争ってあまり見かけないですが)

パン食い競争のイラスト

赤ちゃんの支え方

多くのママたちは「赤ちゃんの頭に手を当てて、乳首に引き寄せる」と思っていらっしゃいますが、そうすると赤ちゃんの顔はうつむいてしまい大きな口が開けられません。
↓ママの親指と赤ちゃんの耳に注目!

では、どうすれば良いかと言うと

赤ちゃんの背中とお尻に腕の内側を当てて、赤ちゃんの頭の下部と首と背中の上部(肩甲骨のあたり)に手を当てそっと乳首に引き寄せます。
↓ママの親指と赤ちゃんの耳に注目!

このようにすると赤ちゃんの顔は上を向きますので、大きな口を開ける事が出来て乳首をくわえやすいです。また、ママの顔もよく見えます。

写真の赤丸印のようにご自身の親指の位置を意識すると良いです。
また、この写真では右の乳房を授乳する時に左腕で抱いていますが、授乳に慣れていない時はこの抱き方がくわえさせやすいです。慣れてきたら途中で右腕に替えれば良いでしょう。

以上で飲ませ方のお話は終わりです。
皆さまの参考になれば幸いです

※出産したばかりの頃はママの乳頭・乳輪部は硬い事が多いので、授乳前に手で搾乳するとくわえさせやすいです。
搾乳の方法についてはまた改めてお話します。

※1黒川伊保子:共感障害.新潮社, p195- p196,2019年


5 Replies to “授乳の抱き方”

  1. とても勉強になるブログをありがとうございます!初産で、産後1ヶ月になった者です。
    嬉しいことに母乳量が増えてきたのですが、赤ちゃんがむせることでとても悩んでいます。

    産院のアドバイス通り前搾をしてもむせます。あげ方も、赤ちゃんが仰向けにならないよう立ててあげたり私が体勢をそらしたり工夫してもです。
    ネットにはおちょこくらいの量の前搾でないと母乳量がどんどん増えるとあったので気をつけていますが、おちょこくらいではお乳は落ち着きません。

    冷やしたりした方がいいのか迷いますが、出なくなるのも怖いです。
    私が寝そべって授乳したらむせないかなと思ったりしますが、いい方法はないでしょうか。

    1. さかな様

      この度はコメント頂きましてありがとうございました。
      赤ちゃんがおっぱいを飲む時にむせるので心配されているとの事ですね。
      その場合は、やはり授乳前に搾乳すると良いです。搾乳は量を目安にするよりも「乳輪部が少し柔らかくなるくらい」と考えられたら良いです。
      具体的には乳首の付け根を指でつまんで引っ張ってみて少し伸びるくらいです。
      おっしゃる通り搾乳しすぎることで分泌過剰になることもあります。
      それを防ぐには、ゆっくりとしたペースで搾乳すると良いです。
      また、搾乳は搾乳器ではなくご自身の指でなさった方が良いです。搾乳器は搾乳し過ぎになりがちですので。

      詳しくはこちらを参考になさって下さい。↓
      「おっぱいを飲むときむせる」
      https://ida-josanin.com/sp/category/breast-trouble/

      その他、授乳する時に心がけたら良いことがあります。
      それは、授乳する際に10分ずつと時間を決めてらっしゃるママさんが多いですが、生まれて間がない赤ちゃんは10分吸わせるとたいてい寝てしまいます。
      でも、満腹になって寝ているわけではないのですぐに欲しがって泣きます。そのために頻回授乳になりがちです。
      頻回授乳は悪い事ではないのですが、1時間毎とか30分毎などに授乳すると、乳首が過度に刺激されすぎて母乳分泌過剰になることもあります。
      分泌過剰になると赤ちゃんはむせやすくなります。
      ですので、時間を測って授乳するのではなくて、赤ちゃんの様子を見てあまりしっかり吸っていないなと感じたら、早めにもう一方の乳房に交代した方が良いです。
      このことはこちらに詳しく書いております。↓
      「謎の10分ずつ」
      https://ida-josanin.com/sp/2019/05/26/lactational-method-time/

      また、授乳間隔が開きすぎると乳房が張りますのでむせやすくなります。出来るだけ間隔が開きすぎない方が良いです。

      ママが寝そべって授乳するのは、誤飲の恐れがありますのでしない方が良いです。
      どうぞ参考になさって下さい。

      1.  早速のご返信、ありがとうございますm(_ _)m乳輪基準、分かりやすいです!
         5分ずつでやってました!時間は決めないで赤ちゃんの様子をしっかり見て判断しようと思います。
         最低〇分は吸わせようとかワンクール吸わせようとか決めていましたが、お腹いっぱいで口を離す、または眠るなどした場合は終了するのでよいのでしょうか。
         眠ったり起きたりで口はたまにしか動かさなくなりますが、大丈夫だろうという安心感がほしくてつい時間を決めてしまいます。。
         寝そべるのはよします。大人も仰向けでは水分補給はできないので、公園の水飲み場をイメージして、やる側が仰向けになればいいのかなと思ってしまいました(・_・;)

        1. さかな様
          「お腹いっぱいで口を離す、または眠るなどした場合は終了するのでよいのでしょうか。」

          赤ちゃんが口を離したら終了するのではなく、ゲップを出してみましょう。ゲップが出たらお腹がスッキリするので、もう一度飲むことも多いですよ。

          赤ちゃんが眠りそうになったら、素早くもう一方の乳房に交代した方が良いです。赤ちゃんが起きているうちに交代するのがコツです。
          そうすると、授乳後に乳房内にあまり母乳が残らなくなってきます。
          乳房内に母乳が残っていると、次の授乳時に乳房が張りがちになってむせやすくなります。
          乳首を外そうとすると「乳首を取り上げないで!」っていう感じで辛そうに泣きますが、気にせずに「交代するよ!」と声をかけてもう一方の乳房を飲ませた方が一回の授乳で十分な量を飲むことが出来ます。
          赤ちゃんって意外と言葉は理解できるので、このように声をかけると「まだおっぱいを飲めるんだ」と分かるので安心するみたいですよ。

          参考になさってください。

          1. ありがとうございました。
            交代するよって毎回言うようにしました。

            最近滝のように沢山戻したので、今度は与えすぎが心配になりました。
            頑張って様子を見てみます。

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